本校の伝統のシンボル、校章と校歌の由来

小松川三中が開校したのは、昭和30年(1955年)4月1日。
10周年記念誌によると開校当時は、学校設備が乏しくそのあまりの不備のひどさが新聞記事になり、地元、PTAはもとより隣の墨田区の方々からも援助の手がさしのべられたとのことである。
その結果、校舎、体育館が増設され、次第に諸施設の整備がされた。同時に校旗や校歌も制定された。
そして本校生徒の美風である中学生らしさ、礼儀正しさ等の態度、習慣を教師と生徒、学校と地域が一体となって築いたと記述されている。小松川三中の輝かしい伝統と校風は、その時から始まっているのである。なかでも校章と校歌は伝統のシンボルだ。

校 章

小松川第三中学校校章
校章制定の経緯
図案は、生徒・保護者・教職員・学区在住者から広く公募され、全教職員が検討し、隅田川高校美術科・高松教諭の作品が採用された。
初め青色下地に白で「小松川三中」だったが、その後、補正され現校章となった。
校名の「三中」の「三」は「小松川」の「川」をも意味し、真ん中の「|」は、生徒、左の「丿」は教職員、右の「|」は保護者を示し、三者の協力一体を表している。
「中」は中学校を示すと共に「中庸」の道を意味し、どちらに偏ることなく、自ら自分の考えを正していく自主自立の心を表している。
左右対称の松は、本校の名の通りの小松を表し、松に緑の変わりなく、みずみずしい若さを失わず、「小松」を育ててやむなき教師の願いがこめられ、さらに「松のふくらみ」は、生徒の心のおだやかさ、やさしさを表し、「地色の金色」は、万物を照らして育む太陽と光と生命力を象徴している。(昭和30年4月22日制定)

校 歌

作詞 校歌制定委員会  作曲 谷口 哲彦
一. 二.  
真澄の空になびく校旗(はた) 朝日に映える荒川の  
明るい頬に仰ぐとき 文化の流れに棹さして  
今日も希望の胸がなる 理想の彼方ひとすじに  
朝に夕べ窓や校庭 勉めてやまぬ若人の  
友よ手を取り励もうよ 行方に幸福の潮近し  
  おお吾らが母校 小松川三中  
校歌制定の経緯
校歌制定委員会を教職員、PTAで組織し、生徒・教職員・保護者を対象に歌詞を公募した。
当時のPTA副会長・石橋氏の作品が候補になり、そこで同氏も制定委員のメンバーに加えられ、同委員会が歌詞を少し補作した。これに、本校音楽科の谷口教諭が数曲試作をした。最終的に教職員により検討され現在の校歌が生まれた。
一つの校歌のためにいかに多くの人々が関わり、校歌誕生のために尽くしたか、その意気込みが大きな響きとなり、学校の誇り、地域の誇りとなって、現在、本校の伝統となっているのである。
校歌を歌うとき、歌詞の意味はもちろん、歌詞がつくられた当時の人々の心意気を感じて欲しい。(昭和33年1月28日制定)